2017-03-11

美味しい・楽しい竹田を紡ぎ出す料理人

桑島 孝彦KUWASHIMA TakahikoOsteria e Bar RecaD


美味しい・楽しい竹田を紡ぎ出す料理人 桑島 孝彦

古民家を改装したような味のある佇まい、大きな窓の向こうに見えるイマドキの洒落た内装、カウンター越しにチラチラ姿を表すヒゲ面のイケメン・・・そして美味しそうな匂い。「なんか気になる」感満載のこの店は、地元産の食材や湧水を活用した、イタリアンベースの料理が楽しめる『Osteria e Bar RecaD』です。

美味しい・楽しい竹田を紡ぎ出す料理人 桑島 孝彦

メニューの食材は、竹田でとれる新鮮な野菜や、イノシシ肉などのジビエが中心。長湯の炭酸水を使ってパスタを茹でるなど、竹田ならではの自然の恵みをふんだんに活用しています。「地元はもちろん、市外、県外のもっと多くの人に、『竹田』をおいしく味わってもらいたいんです」というのは、地元を盛り上げるため多岐にわたって活動しているオーナーシェフの桑島さん。この店が竹田市の中心地でひときわ存在感を放つ理由は、どうやら彼自身にもありそうです。

美味しい・楽しい竹田を紡ぎ出す料理人 桑島 孝彦

そもそも、桑島さんが飲食の世界に足を踏み入れた動機は、「ライブハウスをしたかったから」。軽音部に所属していた高校生の時、将来は仲間や先輩たちと気持ちよくライブができるところをつくりたい、と思っていたそうです。そこで、まずは料理とサービスの経験を積もうと飲食店に就職。いかに楽しく食べてもらうかを追求し、接客のスキルを磨きました。23歳の時、イタリア料理人のもとで修行を始めますが、家庭の事情もあり宅配業者に転身。夢とは一見かけ離れた仕事をすることになりますが、さまざまな会社への出入りによって、それまで知らなかった世界を発見するいい機会になったといいます。3年ほど経ちある程度貯蓄できたころ、一旦落ち着いてこの先のことを考えようと、地元へ一時帰郷。頓挫していたイタリア料理の勉強を再開すべく、27歳で再び上京し、高級イタリア料理店で厳しい修行を重ねました。3年の月日が流れ、それまでの価値観を大きく変える出来事が起こります。2011年の東北大震災です。混乱のなかで見えてきたのは、お金やものの価値の儚さ、それに振り回される人々の虚しさ。「このままここで、今まで通りでいいのか」という自問自答の波が寄せては返す日々が続き、一年半ほどたった翌年の夏、九州北部豪雨により竹田市が水害に襲われました。以前から東京で竹田を盛り上げようと「チームたけた」と称した交流会などを催していた桑島さんは、在京の竹田出身者を集めて、「Cheer!竹田」という団体を結成。募金やイベントなど、地元の復興のため活動をしていくうちに、Uターンを決意したのでした。

帰郷後は、「竹田市をもっと面白くしたい」という思いを軸に、竹田市への移住・定住を支援する団体「空き家バンク」のスタッフとして、都会から訪れる人のお世話に従事したり、空き家を有効活用したイベントを開催したりと、さまざまな活動を展開。地域おこしのため、NPO設立や、かねてから夢だったゲストハウス立ち上げも考えましたが、人や場所とのご縁もあり、レストランという形からスタートすることになりました。店は、クリーニング店だった建物を友人やボランティアとともにリノベーション。竹田在住の陶芸家や鉄鋼職人のほか、東京時代の友人であるデザイナーなど、独自の感性とネットワークで作り上げた空間で、ここでしか出会えない料理を提供しています。現在は次なる目標のゲストハウスオープンや、特産品を使ったお土産品の開発にも着手している桑島さん。こんこんと湧くアイディアとパワーで、竹田をもっと面白く調理してくれそうです。違いありません。

 

プロフィール

美味しい・楽しい竹田を紡ぎ出す料理人 桑島 孝彦

昭和57年竹田市生まれ。料理とサービスを学ぶため東京の飲食店に就職し、23歳でイタリア料理人を目指し始める。家庭の事情で佐川急便に転職、25歳で退職し2年間一旦帰郷。27歳で再び上京し、イタリア料理を改めて習得するため、高級イタリア料理店で修行。2011年の東北大震災、水害に襲われた竹田の復興応援活動を機に2012年に帰郷。「空き家バンク」スタッフなどさまざまな町おこし活動に従事したのち、OsteriaeBarRecaDをオープンさせ、現在に至る。

 

【OsteriaeBarRecaD】

住所:大分県竹田市竹田町498
TEL:0974-62-2636
営業時間:17:30〜24:00

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大分県竹田市役所 保険健康課 竹田市大字会々1650番地 TEL.0974-63-4810 FAX.0974-64-9150